協会の活動状況・会員からの寄稿
SYMPOSIUM_3

アメリカ・イスラム・中国  新政権の日本外交を語る
9・11から5年——激動の国際情勢を多角的に分析


3 9・11以後の世界——テロとの戦いと国家同士の戦争

 新政権の外交問題にテーマを移りたいと思いますが、その前にひと言。いま五百籏頭さんが言われたように、やはり「9・11」で世の中が変わったということがひとつ言えます。たとえば「テロとの戦いは新しい戦争だ」というように、戦争の仕方や物事の考え方も変わってきた。
 ある雑誌に、ブラヒミ国連事務総長特別顧問が出ていて、その記事によると「テロとの戦いと国家の戦争はやはり違う」とイラク問題をずっとやってきた人たちが言っている。つまり、アフガニスタンの戦争は国と国との戦いである一方、アルカイダというテロリスト集団がアフガニスタンという国を乗っ取ったわけだから、その意味で国家との戦いであると同時に“テロとの戦い”でもあった。しかし、イラク戦争後の戦いはそこが基本的に違っている。
 アメリカは“テロとの戦い”をずっと掲げていますが、テロは国家ではない。むしろ、それはいまやバーチャルなネットワークのようになっていて、パソコンひとつで世界中のテロリストがネットワークを築くこともできる。しかも株や為替でひと儲けして、秘密市場から武器を買うこともできる。言うなれば、テロはすでに“バーチャルなネットワーク帝国”という感じもします。
 その意味では、テロと戦っていくことの難しさ、それをどう見極めたらいいのでしょう。あるいは中東の人たち、彼らはイスラム国家とテロについてどう考えているのでしょうか?

酒井 この 8 月に、ロンドンのヒースロー空港で飛行機に対する爆破テロ計画が発覚して、事件が無事未遂に終わって犯人も取り押さえられました。その事件を見て、中東を専門にしているアメリカのある学者が「要するに、このやり方こそが本当のテロとの戦いである」と言いました。
 この事件は、パキスタン政府からイギリス政府に「イギリス国籍のパキスタン人がテロリストの訓練を受けていますよ…」という情報が入り、両政府が協力し合って事前にテロ計画を阻止したというものでした。したがって、これこそがテロとの正しい戦い方であり、正しい国際協力関係の在り方である。また、その意味では、いきなり軍事攻撃をしたアメリカのやり方が間違っていたことを証明したようなものでもある、とその学者はコメントを出しておられました。
 私は、まさにその通りだと思いました。アメリカの 9・11 以降の“テロとの戦い”のいちばんの間違い、あるいは認識の違いは、まさにいま嶌さんが言われたことだからです。「アルカイダ」という組織に対する認識が、かつての冷戦期の共産主義のネットワークのような形で、どこかに本部があり、そこから緻密なネットワークが築かれていると見なすのは間違いです。地下組織があり、そこで絶えず組織的な繋がりや上下関係を持ちながらテロ組織が存在し、指令が下されていると想像するなど、大きな間違いです。
 アフガニスタンやパキスタンなどに訓練キャンプのようなものが在ることは確かです。しかし、実態としては、むしろアメーバ的に社会現象のように拡がってしまっています。たとえば、昨日イスラムにとって嫌なことがあり、気分が悪いからフッと入ってしまったというような、比喩として出せば、それこそインターネットの“心中クラブ”みたいなものでもあります。主義主張で何かきっちりとネットワークがまとまっているというよりは、ある意味でそれは、社会問題であったり、心理的問題であったりする。ならば、それに対して軍事攻撃を行なうというのはまったくの逆効果です。
 その意味で今いちばん厄介な問題は、アメリカが“テロとの戦い”を看板に掲げながら、実際には「あそこに拠点がある」「あそこがテロの背景だ」と国をターゲットにして戦ってしまったことです。その結果、アフガニスタンには新しい政府は出来たものの脆弱で、そのためいまやカブールにまでタリバンが復活してきています。同様に、イラクの場合も政府は出来ましたが、治安能力はまったくないという状態です。結局、テロとの戦いによって、逆に国家不在、あるいは国家統一能力のない国をむしろ増やしている。
 それから、もうひとつ。あまり注目されていませんが、ソマリアも実はずっとそういう状況になっています。また、ここは、テロとの戦いでそうなったわけではありませんが結局、内戦なり、戦争があってその後国家を建て直せずにいる国というのが今まさに、イスラム勢力台頭のいちばんの発信源になっている。先ほど西川さんから「テロとの戦いでいちばん得をしたのはイラン」というご指摘がありましたが、まさにそのような状況で、テロに対する戦いをすればするほど、そこからイスラム勢力が台頭してくるという逆効果の現象を生んでしまっています。


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2006年12月16日(掲載)
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