協会の活動状況・会員からの寄稿


ナボイ劇場建設秘話が4月20日にテレビ番組にて放送されました!
■ラーゲリー会が植樹した舞鶴市の桜
番組放送に合わせ,首題の件で舞鶴市から写真を送付いただきましたので,皆さまにご紹介します。



■放送後のサマリー
多くの人が涙したウズベキスタン
ナボイ劇場建設秘話が昨日フジテレビ「奇跡体験!アンビリーバボー」
で放送されました
 中央アジアの国、ウズベキスタンの首都・タシケント。 今年4月、そこは満開の桜で彩られる。市内の劇場、墓地などで咲き誇る桜には、知られざる日本人の精神が宿っていた。今なお、語り継がれる歴史に隠された日本人たちの「魂の結晶」とは…
 今から72年前の8月15日、第二次世界大戦で日本は無条件降伏。戦闘機の整備部隊の隊長だった永田行夫は、200名あまりの部下と共に、ソ連軍の捕虜となった。投降した日本兵をソ連各地に送り込み、強制労働させる。 シベリア抑留のはじまりだった。
 永田の部隊が送り込まれたのは、当時、ソ連領であったウズベキスタン共和国にある第4ラーゲリーと呼ばれる収容所。そこで従事する仕事は、ソ連共産党の威信を示すためのオペラハウス「ナボイ劇場」の建設。
 永田班は世界一の劇場を作りたい、そんな思いで必死に働くうちにウズベキスタン人との心の垣根は消え親密になっていった。
 劇場の完成も間近に迫ったある日、永田の部下の永尾が、高所作業中に落下し即死。遺体は捕虜が強制労働の末に亡くなったことを表沙汰にできないため、即座にソ連兵に撤去されていった。しかし、翌朝、永尾の死を悼み、花を手向けるウズベキスタンの人々の姿があった。
 その2ヶ月後、ナボイ劇場は2年の時を経て、ついに完成。建設に携わった日本人捕虜たちの為に、内覧会が開かれた。美しい装飾に彩られた劇場は、世界最高峰のオペラハウスと呼ぶにふさわしかった。それは、ウズベキスタン人と共に血と汗を流し、日本人としての誇りを胸に、持てる技能の全てを注いだ彼らの魂の結晶だった。
 永田は日本に帰国後、真っ先に第四ラーゲリにいた457名の住所録を作成することだった。帰国時にメモを所持しているとスパイとみなされるため、全員分の名前と住所を全て暗記し、帰国後記憶を元に住所録を作成。それにより、年に一度かつての戦友たちと集まることができた。
 帰国から40年後には、ナボイ劇場でオペラを鑑賞。共に建設に携わったアサードフとも再会し、念願だった永尾清さんの墓参りも果たした。日本人の心、そして誇りが宿る桜。美しき精神とともに、来年も花開くだろう…
出展:http://nobuhiko-shima.hatenablog.com/entry/20170421


(寄稿者:ホームページ委員会)

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