協会の活動状況・会員からの寄稿


TSR情報 2010年6月24日号  嶌信彦の「眼」

「高成長段階に入った中央アジア——キルギスでは政変と民族対立」

 ヨーロッパは、ギリシャの財政赤字問題が表面化し、依然通貨、株式市場を揺るがせてその影響は世界に及んでいるが、今度は中央アジアのキルギス共和国で現役大統領の追放事件があった。これを機にキルギス国内ではキルギス系とウズベキスタン系の民族衝突が発生、中央アジア諸国だけでなくロシア、アメリカ、中国などの大国も『地政学』上きわめて重要な地域だけに緊張感をもって注目、観察しているようだ。なお以下のリポートは、私が会長を務めるNPO日本ウズベキスタン協会が6月12日に日本プレスセンターで行った「最新キルギス情勢と高成長続ける中央アジア諸国」と題する緊急シンポジウムの内容とその後の新たな動きを加えたものである。
 シンポジウムは田中哲二・中央アジア・コーカサス研究所長と浜野道博キルギス前日本センター所長の2人の専門家をゲストに嶌が司会兼スピーカー役で行われた。参加者は会員のほか中央アジア関係の学者、政府機関及び企業の関係者など約150人で、立ち見が出るほどの盛況ぶりだった。

———女性の臨時大統領・誕生———
(1) キルギスは中央アジアの中では人口500万人、面積も日本の半分ほどの小国で石油や天然ガスなどの資源はもたないものの、4000m級の山々をもち水資源が豊富な国だ。2005年に1991年から大統領職にあった独裁的なアカエフ氏を『チューリップ革命』により追放、バキエフ氏が大統領になっていた。ところが、バキエフ大統領も汚職や人権侵害、メディア抑圧などが目立ち始め、2010年に入ってチューリップ革命で同志だったローザ・オトゥンバエワ元外相(元駐米、駐英大使)率いる反政府デモの波状攻撃にあっていた。そして遂にデモ隊が4月7日に大統領官邸を急襲、75人が死亡する事件がおきた後、15日バキエフ大統領が国外に逃亡、オトゥンバエワ女史が臨時大統領となったのである。同女史は新憲法草案をつくり、今秋に総選挙を行って議会制民主主義国家を設立したい方針を打ち出しているが、自らは大統領選に出馬しないと述べている。

———キルギス南部でウズベク系民族と内乱———
(2) この反政府デモをきっかけに国内では、以前からくすぶっていたキルギス国内のキルギス系民族とウズベキスタン系民族の対立が南部のオシ市を中心に表面化、6月に入ってから合計で死者が2000人近くにのぼるという騒乱に発展、キルギスと隣接する国々は避難民の流入を防ぐため国境を閉鎖。その中でウズベキスタンだけがウズベク系民族を受け入れ、その数は10万人近くにのぼった。しかしウズベキスタンもこれ以上の難民受け入れは困難だとして、国際機関に救援を依頼しているようだ。

———ロシア、アメリカが軍事基地をもつキルギス———
(3) キルギスはカザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、中国(新疆ウイグル自治区)と国境を接する小国だが、地政学上ではロシア、アメリカ、中国などが重視する地域に位置し、アメリカとロシアが軍事基地をもっている。また中国はイスラム系のウイグル地区が隣接しているほか、中国商品が大量にキルギスに流入しているため、関係が深い。また中央アジア諸国はいずれも旧ソ連崩壊後、強権的な大統領の統治下にあるため、キルギスの「民主化革命(?)」が自国に波及することを懸念しているとみられる。ちなみにバキエフ政権下のキルギスは政治の汚職腐敗度指数で180ヶ国中162位、新聞社などの閉鎖、ジャーナリストへの暴行、殺人等も伝えられていた。
(4) 現在臨時大統領になっているローザ・オトゥンバエワ女史は59歳。バキエフ氏とチューリップ革命の立役者となり、その後バキエフ政権下で外相などをつとめていたがバキエフ政権の汚職、腐敗や独裁に反発して反政府運動を組織していたとみられる。同女史は英語のほか数ヶ国語をしゃべる知識人で自らを「闘士だ」といい、「キルギスを民主的な国家に導きたい」と発言しているが、イスラム系国家の多い中央アジアで女性大統領はまだ時期尚早とみているのか、秋以降の大統領選は出馬しないと公言している。

———地政学的に重要な地域———
(5) キルギスは元々ロシアと近く、今回の事件でもロシアはいち早く臨時政府を認め、軍隊の派遣も準備しているという。一方、アメリカは基地の存続が重要課題で前バキエフ政権と基地使用継続のため、現地アメリカ大使が不正に目をつぶり、今回の政変の動きを予測できなかったため、更迭されるという。オトゥンバエワ女史は、アメリカとは今後も協力関係を続けたいとしている。中国は同じイスラム系のウイグル地区への影響拡大を懸念しているせいか、まだ表だった動きをみせていない。しかし中央アジア諸国はロシアなどとともに中国が提唱した「上海協力機構」のメンバーであり、旧西側諸国と一線を画す共同体的絆をもっているので、今後の政治的方針が注目される。

———経済成長続ける中央アジア諸国———
 シンポジウムのもうひとつのテーマは、最近好調が伝えられる中央アジア諸国の経済だった。中央アジア経済といえば石油、天然ガス、レアメタルなどが思い浮かぶが、ここ2〜3年の特色は、日本などに投資を求め、製造業などの経済特区をつくり、優遇措置を次々と打ち出していることだ。また観光、とくにシルクロードの世界遺産などを中心とする素晴しい古代、中世文化と砂漠や雲を抱いた4000m級の山や渓谷、伝説の湖などをアピールしている。
(6) 中央アジア5ヶ国のここ3年の実質GDP成長率はウズベキスタンが9.5%(07年)、9.0%(08年)、8.1%(09年)の高成長維持しているほかカザフスタンは8.5%(3.2%、1.2%)、キルギス8.2%(7.6%、1.5%)、タジキスタン7.8%(7.8%、2.0%)、トルクメニスタン11.6%(10.5%、6.0%)———といった具合だ。リーマン・ショック後の09年はウズベキスタンを除き、さすがに低成長に甘んじたが、それでも日、米、欧諸国のマイナス成長に比べると着実にプラス成長を維持している。中央アジア諸国もグローバル経済に巻き込まれているが、市場経済や金融経済の自由化度が小さかったことや資源の資産が大きいこともあって欧米諸国などのような影響を受けなかったようだ。

———資源とともに製造業へ———
(7) 石油、天然ガス、ウランなどのエネルギー、鉱物資源に恵まれ急速な経済発展を遂げているのはカザフスタン。特に最近は中国へのパイプラインも完成し、依然好調だ。トルクメニスタンも豊富な天然ガスを中国、ロシアなどへ輸出、急成長を遂げつつある。綿花生産の水準も高い。地理的に不利な条件下におかれていたため、所有する石油、天然ガスの販路がみつからなかったウズキスタンも中国への輸出ルートに道が開け、金や綿花生産も好調でここ3〜4年内に成長軌道に乗ってきた。タジキスタンとキルギスは農業、牧蓄が中心だが豊富な水資源をもっている。今後この水資源をどう活用するかがカギだろう。
(8) いま中央アジア諸国が次のステップへと力を入れているのが製造業の育成だ。ウズベキスタンでは「ナボイ自由経済特区」を創設し関税、税金などの優遇措置制度をつくるとともに、国際空港、鉄道、高速道路の整備で中近東・インド、中国など2000kmの距離に11ヶ国の首都、40以上の大都市があるとアピールしている。ただ、中央アジア諸国の人口はウズベキスタンが2780万でもっとも多く、5ヶ国あわせて7000万人弱なので今後は近隣地域のロシア、中近東、中国などへの流通ルートの開拓と中央アジア5ヶ国の経済共同体を設立することが課題だろう。

———観光も有望産業———
(9) 観光ではシルクロードをはじめ紀元前から続くギリシャ、イスラム、インド、ペルシャ、中国、ロシアなどの文化の融合とそれらの遺跡も多く、とくにソグドなどを辿る民族の興亡史などは興味がつきない。問題は入国、出国手続きなどに時間がかかり、観光客をいらいらさせることだろう。ホテルなどはここ10年で相当近代化されてきたし、食事もおいしい。特に気候の寒暖が激しいせいか果物などは最高だ。
———中央アジア経済はBRICs諸国の成長ぶりの陰にかくれて話題になることが少なかったが今後は要注目だ。またEUは資源ルートをロシアだけに依存していると、ウクライナやグルジアなど政変もあり、新たなルートを構築している。それがトルコをエネルギーハブとする構想で中東やイラン、カスピ海周辺、中央アジアなどの資源がトルコ経由でEUに向かうルートが出来つつある。今後はこのトルコルート、アフガニスタン・インド洋ルートなど資源輸出の多角化が完成してくれば内陸国・中央アジアが資源はもっと活かされてくるだろう。

[お知らせ]
———中央アジア・シルクロード検定とテキスト———
 私が会長をつとめるNPO日本ウズベキスタン協会では、今年9月26日(日)に東京・新宿の学校法人、文化学園(文化女子大学、文化服装学院など擁する学校法人)で第1回「シルクロード中央アジア検定」試験を実施します。受験料大人3150円(税込み)。学生と団体(5人以上)は2625円。高校生以下は1575円。なお中央アジア各国大使館協力により「シルクロード・中央アジア検定」の公式テキストブック(1300円+税)を発売しています。お問合せは03-3593-1400、URLはhttp://homepage2.nifty.com/silkroad-uzbek/、E_mail:jp-uzbeku@nifty.com

(寄稿者:嶌 信彦)
2010年07月03日(新規掲載)
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