協会の活動状況・会員からの寄稿


「アレクセイ・スルタノフ 生誕40周年記念・追悼コンサート」

 きたる8月7日(金)18:30より、東京上野文化会館小ホールにて若くして逝った「ウズベキスタンの不屈の天才ピアニスト、アレクセイ・スルタノフの生誕40周年記念・追悼コンサート」が開かれます。
 出演者は野原みどりさん(ピアノ、ロンティボーコンクール優勝)ほか、ダーツァ・スルタノフ夫人(チェロ)及びセルゲイさん(ピアノ、アレクセイ・スルタノフの弟)。
   日  時 : 8月7日(金)18:30〜
   会  場 : 東京上野文化会館小ホール
   主  催 : 日本アレクセイ・スルタノフ支援会
   協  賛 : 駐日ウズベキスタン大使館
アレクセイ・スルタノフ
 1969年8月7日ウズベキスタンの首都タシケントに、母はバイオリニスト、父はチェリストの音楽一家の長男として生まれる。3歳より両親からピアノの手ほどきを受け、6歳でウスペンスキー特別小学校に入学。その後まもなくタシケント音楽院に移り、タマラ・ポポヴィッチ女史の指導を受ける。7歳の時モーツァルト;ピアノ協奏曲ロンドで正式デビュー。タシケントよりモスクワまで同じウズベキスタン出身のレフ・ナウモフ教授のレッスンに通い、1985年モスクワ中央音楽院に入学。
 入学後すぐショパンコンクール出場者候補になるが、年齢制限のため見送る。翌1986年の第8回チャイコフスキーコンクールでは、右手小指骨折という事故を起こすが、怪我をおして見事なベートーヴェンの「熱情」を弾き、満場の喝采を浴びた。しかし治りかけていた指の故障を理由に、審査員達から残りの出場辞退を強く迫られ、断念した。米国の審査員から公正な審査がなされると勧められて1989年第8回ヴァン・クライバーンコンクール出場を決意した。ロシア国内の選抜審査を勝ち抜き、最年少の参加者となるのだが、そのため1988年彼の家族は、彼を支えるためモスクワに移住。同年、モスクワ音楽院への入学が認められた。
 テキサスでの第8回クライバーンコンクールでは、彼は他を圧倒する演奏で1位優勝に輝き多額の賞金と2年のコンサート契約を手にした。余りにも若すぎる栄光に、批評は賛否両論に分かれた。1990年9月テキサス・フォートワースに移住。1986年ホロヴィッツの里帰り公演に潜り込もうとして、モスクワ音楽院の屋根の上での劇的な出来事で結びついたラトビアのチェロの学生、ダーツァ・アベルと1990年10月30日に結婚。生涯、彼の伴侶となる美しい妻を得た。
 1995年ショパンコンクールに出場。スルタノフのコンクール史に残る名演奏に喝采が鳴り止まなかった。特に本選のピアノ協奏曲第2番を弾き終えたとき、聴衆の誰もが、熱狂し拍手し彼の1位優勝を確信した。しかし前回より審査の流れが変わり、最高位ではあるが、1位なし2位をフランスのフィリップ・ジュジアーノと分かつ結果となった。スルタノフは落胆し「式に出席すれば1位を信じてくれた聴衆を裏切ることになる」という言葉を残し授賞式をボイコット。しかしこの騒ぎはかえって世界の注目を彼に集める結果となった。
 その後も国際コンクールへの挑戦はことごとく見えない壁にぶつかり、再優勝への思いを断念。演奏活動に専念し、世界中のファンを魅了した矢先、2001年2月自宅で眩暈(めまい)を起こし転倒し、硬膜下出血で入院。成功したものの手術後5ヵ所もの脳内出血が起き、命は取り留めたが左半身に重度の麻痺が残った。彼は周囲を感嘆させるほど、決して弱音を吐かず前向きにリハビリに取り組んだ。しかし度重なる激しい痛みや緊縮、骨の変形、合併症等に悩まされ、視力も握力も弱まり、立つことも、支えなしに座ることも困難になり、話すこともままならなくなった。絶望の淵に沈んだスルタノフを、ダーツァ夫人は自分の音楽を捨て、懸命に励まし続けた。ある理学療法士の「もう一度ピアノを弾いて! あなたは、必ず成し遂げられる人なのよ」という言葉をきっかけに二人は超人的な努力の末、電子ピアノで右手の演奏活動ができるまでになった。
 2004年11月9日アメリカ市民権取得、祝賀会で復帰デビュー。再び多くの聴衆に勇気と感動を与え続け2005年6月30日未明睡眠中に逝去。多くの人が別れを惜しみ葬儀会場に集まった。
 ダーツァ夫人は夫亡き後、スルタノフ基金を立ち上げ、基金のための演奏活動を行っている。
2009年07月05日(掲載)

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