協会の活動状況・会員からの寄稿
中日新聞コラム"中日春秋"   2005年5月19日(木)


パキスタン、アフガニスタンの「スタン」は国を意味する言葉。両国の北の中央アジアにもスタンの国が並び、その一つがウズベキスタンだ▼

「ウズベク人の国」をいうこの国から流血の惨事が伝えられる。暴動鎮圧で多くの犠牲者が出た。ふだんはなじみの薄い印象の国でも、市民の犠牲や隣国に脱出する市民の窮状は痛ましい。実は日本人にかかわり深い国とあれば一層だ▼

大戦後、ウズベクにも約二万人の日本人抑留者が送られた。石炭採掘などに従事し、タシケントのナボイ劇場の建設もそう。ビザンチン風の堂々たる建物で後の大地震にも耐えた。作業にあたった人や元大使が『追憶 ナボイ劇場建設の記録』(NPO日本ウズベキスタン協会)で書く話は貴重である▼

多くのウズベク人は日本人に同情した。わざとパンを落としたり、鉄条網から食糧を差し入れたりする人もいたという。苦境の中で日本人は黙々と働き「せーの」の声で巨大な荷を持ち上げる姿を印象づけた。ナボイ劇場はその後両国の文化交流の拠点となり、最近はオペラ「夕鶴」も上演されて反響を呼んだ▼

ウズベクの人が日本人抑留者に寄せた思いは、スターリン圧政下の自分たちとどこか似通う境遇を感じたからかもしれない。独立後、カリモフ大統領は独裁色を強め、強権支配が今回の惨事にあるようだ。今は国際社会が民主化を促す時で、かかわり深い日本も無関心であってはなるまい▼

暴動で多くの市民の血が流れたのは、東部のアンディジャン。そこにも日本人抑留者の墓地があるという。
 
2005年5月27日(掲載)
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