協会の活動状況・会員からの寄稿
留学生とトークの会からの報告
開催日 テーマ・講師・内容
2003.2 テーマ・「今、大学で学んでいる事」
講師:フサノワ ディラフルーズ(一橋大学)
参加留学生  ニザエフ エルビラ(法政大学)
内容  一橋大学に通っている美女、フサノヴァ ディラフルーズさんの話を聞きました。サマルカンド外語大で友達が日ペラペラと日本語を話しているのを見て、自分も日本語を話したい、、、、、と思いだ2外国語を仏語から日本語に変えたとのこと。現地での就職が決まっていたが滅多にないチャンスと日本への留学を選んだ事など、本当に流暢な日本語で話してくださいました。また、サマルカンドには、ウズベク人とタジク人がいて、言語も異なること、今までタシケントのはなしが多いなか新鮮でした。先日、トークの会で行ったスキーと温泉は最高だったと、良い思い出で一杯のようでした。また、にほんの男性は消極的、、、、、と少々理解できないようすでしたが、日本の男性の良さを知るにはもっともっと日本にいなくては、、、、、ネ。 ディラ!ありがとうございました。
(奥田洋子 記)
2003.1.21 テーマ:「私が見た日本」
講師:ニザエフ エルビラ(法政大学)
参加留学生:クチカロフ ベグゾッド(一橋)、ワリエフ ファルヒ(慶応)

東洋文化を専攻した彼女が、日本語を学びながらアルバイトでタシケントの日本庭園の建設に従事していた日本の造園技師、いわゆる日本の庭師のために通訳を務めた経験を通じて、日本文化に触れた体 験を語ってくれました。我々があたりまえと感じる庭園のたたずまいに、庭師が語る石組みの配置や植栽に新鮮な感性で日本文化を理解しようとする意欲に感銘しました。我々がともすればあたりまえなものとして受け入れている造園技術に対する関心、探究心に改めて彼女の卓越した感性に感心しました。日本に来てから4ヶ月あまり、我々がきずかない慣習に対する印象など女性特有の大変興味深い話を聞けました。ウズベキスタンでの結婚式の風習,日本とウズベキスタンでの学生の服装の違い、など興味深い話を中心に活発な討論が交わされました。最後に彼女の将来の夢が語られ、ジャーナリストになりたいという発言を通じて、ウズベキスタンが置かれている政治状況と日本の余りに自由な言論事情など活発な意見交換が交わされ、彼女の夢の達成を祈念してトークの会を終了しました。
(梶原 知勝 記)
2002.12.17 テーマ「僕の青春記」
講師クチカロフベグゾッド・参加留学生エルビーダ

内容パスポート手続きの手違いから、5週間、日本への帰国?が遅れたベギ君。その間の時間を無駄にしたくない思いの中に、日本においての便利さ、環境のありがたさを感じたとの事だった。とはいえその5週間の間にウズベキスタンでちゃっかり綿密な健康チェックを受け、治療もうけ、実にさっぱりした顔つきで帰ってきた彼。そのベギ君は日本では厳しいなかでも自分のやりたいことは自分なりにできるといい、在学中に一橋大学に何か自分の足跡を残したいという。

一橋の学生約5,000人の中、留学生は11%、ウズベク人は16名。地元の人たちを巻き込んでウズベキスタンを知ってもらう為のイベントの企画を熱っぽく語った。

応援したくなる話。将来の夢の話について。
まず自分にとって約に立つことをしたい、自分に合った環境の中にいたい、そしてウズベク人のために役に立ちたい、という思いを話してくれました。時代の差、年齢の差などもちろんありますが背おうた子に教えられた思いがしました。

急きょ参加してくれたかわいいエルビーダさんは法政大学在学中です。女性らしい見事な日本語にはびっくりしました。3年間ウズベキスタンで日本語を勉強し、今年9月に日本にやってきたばかりとのことでした。「日本語勉強法」についての質問が集中しました。日本に対して強い関心、夢を持ってやって来たウズベキスタンの留学生たちに我々日本人は何を与え、応えられるのかと言う思いも持ちました。私たちが彼らにパワーをもらっているように感じたトークの会でした。(福原京子記)
2002.4.16 テーマ:ウズベキスタンの金融システムについて
講師:ジャスル サリホウ,ベグゾット クチカロフ

ジャスルさんは日本への留学前に中央銀行へ勤めるかたわら、大学でも講義もされていただけあって、資料も準備され丁寧な説明でした。
 日本の明治時代や大戦直後との共通点は多々あるけれど、銀行システムが確立されていくスピード感は目を見張るものがあります。これからウズベキスタンが一流の国家を築きあげるには、かくあって欲しいといった期待まで意見を言い合いました。
2002.3.19 テーマ:ウズベキスタンの教育制度について
講師:ベグゾット クチカロフ,ウミド アクバロフ

ウズベキスタンでは、義務教育が小、中あわせて9年です。大学への進学率は50%以下で、大学へ入るための試験は中央テストセンターで8月一回です。興味深いのは5年に一回教師を試験する組織があるそうです。教師は社会的な地位としては低く、収入も普通の企業より低いそうです。しかし、教育への意識は高く、独立後は留学を希望する学生が非常に増えています。米国への留学生が一番多いそうです。
ベグゾットやウミドが留学先に日本を希望した動機や、参加者から戦後日本が成長を遂げて、今、日本があらゆる場面でいろいろな問題を抱えている状況に話がおよび、これからのウズベキスタンへ期待するの熱い思いに話が盛り上がりました。
2002.2.19 テーマ:深夜のコンビニで学んだこと
講師:サマル サイドカシモフ

サマルさんが原宿のコンビニでアルバイトを始めて約1年半がたちました。基本的に夜勤です。そのコンビニは都心でも指折りのお客様の多い店だそうです。想像以上に厳しい仕事内容、万引きの話、彼が外国人ということで受けたいやなこと、大変な中でも楽しいこと、日本の社会の縮図のようでもあるお客様を見て感じること、仕事を通じて学ぶことなど参加者からも質問や意見が多く出て活発な会になりました。
2002.1.15 テーマ:「TBSシルクロード日本人伝説」撮影の裏側
講師:ワリエフ ファルヒ

TBS報道特集で放映された「シルクロード伝説」の取材に同行した慶応大学大学院のファルヒさんに現場から見た様子や、苦労話(高いところから写すためにクレーン車を借りる時のこと。会長がカリモフ大統領にインタビューをした時のことなど)を聞かせてもらいました。
以前のテーマ
2001.11 ウズベクから見たアフガニスタン問題(ウミド)
2001.10 独立記念日について(サマル)
2001.9  夕鶴公演について(ベグゾット)
2001.7  僕のアルバイト奮闘談(アジズ)
2001.6  ウズベキスタンの歴史(ベグゾット)
2001.5  ウズベクと日本の女性について(アジズ)
2001.3  多民族国家のウズベキスタン(サマル)
2001.2  ウズベクの春節(ベグゾット)

「留学生トークの会」ご参加の皆様および寄付をしてくださった皆様へ

 一年半前に奨学金が打ち切られて「自分達で頑張ろう」という強気で日本に戻って来た頃、私達四人は本当のところとても心細かったのです。冒険とは言え、現実には大変なこと、問題が多かったのです。今まで全てを乗り越えて来たのはトークの会の皆様と寄付をしてくださった皆様がいてくれたからこそです。
現在、私達四人とも健康で、アルバイト等では自信がつき、勉強も順調であります。
当初トークの会は主な目的として四人を金銭的に援助するために設立されたのですが、それは今私達にとって遥かに意義のある会となってきました。毎月第三火曜日を非常に楽しみながら待っています。まるで、数ヶ月会っていない自分の親と会うことに例えても間違いはないだろう。私達は日本にいつでも助けてくれる『両親』がいると思っています。ですから心強いのです。
4月から新しい学年が始まり、私達も一歩前に進みまして少し大人になりました。ここまで私達四人のために貴重な時間を惜しまないでサポートしてくれた方々、暖かい気持ちで寄付をしてくれた方々に心の底から厚く感謝の気持ちを贈りたいと思います。
皆さんの期待に応えられるよう立派な人間に育ち、将来様々な分野で活躍できるよう頑張ります。これからもご支援宜しくお願い致します。
皆さんの健康を祈って…

平成14年4月25日
アリエフ・アジズ、サイドカシモフ・サマール
クチカロフ・ベクゾッド、アクバロフ・ウミド
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